心おどる体験

【映画レビュー】『PERFECT DAYS』を観た感想【カンヌ国際映画祭 最優秀男優賞】

映画『PERFECT DAYS』を映画館で観てきました。 TOHOシネマズのポイントが今週切れると気づき、急遽観たい映画を探してみました。

母に「PERFECT DAYSはどう?」と提案され公式サイトを見てみると、「これは観ないと」となりました。

  • 第76回 カンヌ国際映画祭 最優秀男優賞
  • 第96回 米アカデミー賞国際長編映画賞部門 日本代表
  • 第36回 東京国際映画祭 オープニング作品

※ここから感想になりますので、ネタバレにお気をつけ下さい。

いつもと変わらぬ日常の中に、

音楽だったり、本だったり、写真だったり、人間模様だったり、

木漏れ日みたいにキラキラ変わるものもある

心ときめくものがある

私自身上京したことがあり、東京では人工的なビルや喧噪に囲まれているからこそ、
緑があった時、川沿いを散歩したりしたとき、ふと空を見上げて星が見えた時、、など感動を覚えたりしました。
田舎では当たり前だったかもしれない自然の風景はそんなに印象がないのに対し、東京で見つけた「一部分だけ切り取ったその情景」は私にとっての”心の拠り所”だったのか、鮮明に覚えています。

毎朝霧吹きを掛けて大切に育てている神社の紅葉の植木

カセットテープで流れる過去の名曲

スナックのママと生歌

新聞紙を巻き散らしながら箒での掃き掃除

少年少女時代に遊んだ影踏み

昭和のまま取り残されたような生活だけど

魅力的にも感じる

対比して今、
Youtube動画を倍速にして楽しむ日々。
Spotifyや動画配信サービスで音楽や映画作品に簡単にアクセスできる日々。
アルゴリズムによって偶然の出会いがなくなる日々。

—レンタルビデオ・CD屋でパッケージやあらすじを見ながらワクワク探すことはなくなってしまった…。

面白いものはたくさん出てくるが、どんどん消費される世の中。
作品をゆっくり味わうことを忘れていないだろうか…と自省。

主人公の平山が住んでいる家や乗っている車を見ると質素、でも心は豊かとはこのせいか?

途中流れる『PERFECT DAY』の音楽がこんなにも輝いて聞こえるのはマジックだろうか…

ここで、「トイレ」と「トイレの清掃員」について。

【海外では類を見ない日本のトイレ事情】

作中にたくさん出てくるのは、日本のお洒落なトイレ。
外観の形も、内装も工夫してあったり、「スケルトンなトイレ」は鍵を閉めると中が見えなくなるしくみという、一時期話題になっていました。

東京以外でも、刈谷ハイウェイオアシス(SA)で話題となった超豪華な「デラックストイレ」や、小説「県庁おもてなし課」(高知県)でも観光地でのトイレの大切さを説いていたシーンがあったかと思います。
トイレの大切が認められてきてからは、特に高速のサービスエリアのトイレは一気に綺麗になった印象です。

一方で、海外のトイレ事情はたびたび話題に上がりますが、
海外では普通、トイレットペーパーを流せないことの方が多いですし、便座の温め機能や、ウォシュレットなんて付いていないのが当たり前。

イタリアでは有名な観光地でも、使用するのにチップが必要でした。
(有料なのに汚くてショックでした。)

アメリカでもそもそも無料で使えるトイレは少ないですし、私が使用した大きめの本屋さんでフリーで使えるトイレの個室は男女合わせて2つ。
2つしかないトイレで「トイレ掃除」をされるとあっという間に長蛇の列…
待っている人が多数いるのにも関わらず、アメリカの清掃員はお構いなし。
映画の中では、(私も経験ありますが)日本だと清掃員がトイレを使う方を優先し清掃を待ってくれることが多いのは素晴らしいことだと思います。

【トイレ清掃員について】

トイレ清掃員である平山がトイレで泣いていた子どもと手をつないで歩いているときに、子どもを見つけた親は「トイレの掃除員と手を繋いでいた」とわかると、ウェットティッシュで子どもの手をふき取ります。

なんとも複雑な心境になりましたが、日本でも”清掃員は誰でもできて低賃金”とみられるきらいはあるのかもしれません。
これは海外だと顕著で、「清掃員は移民が就く仕事」という偏見があり、人種も絡んでいます。

「ろくにお金ももらえないのだから手を抜こう」、という人も一定数いるのは事実。

一方で、平山は自分で道具を用意するほど丁寧な仕事ぶり。

そりゃ、日本の清掃員だっていろんな人がいます。 最低限言われたことをやっているだけの人もいますし、出来ない人もいる。
急に仕事を辞める「イマドキ」の人もいる。

でも、私の会社にいた清掃のおばちゃんは、毎日挨拶を交わし、時々始業前に立ち話をするくらい。
朝、それで気分良くスタートを切れた日は嬉しいし、そんな気さくなおばちゃんが好きでした。
私の祖母も、仕事をリタイアした後に近所の会社で清掃員をしていたことがあり、仕事場(清掃)に付いて行ったこともあります。
小さい頃は職場が広く感じまさに探検で、職場を覗くのはとても楽しかった。
清掃の仕事を間近で観察する、そんな原体験があるからこそ、私は清掃員に自然とリスペクトが生まれ、平山の行動をすんなり受け入れられたのかもしれません。
(今思うと小さな子どもを連れて行くことが許されていたのだなと。でも貴重な体験でした。)

昨今、「給料に見合わない仕事なのに」という風潮も強くなってきて、(もちろん「無料ボランティアの搾取」など考えるとそれも一理ある) 日本も変わりつつあるのだと思いますが、古き良き価値観も大事にしたいと思えた作品でした。
そんな価値観が今一度掘り起こされて注目されるのが嬉しくもありました。
忙殺される毎日からいったん立ち止まれる映画です。

【豊かさとは。】

平山という”男像”に対し、ヴィム・ヴェンダース監督は「僧侶のようだ」と語っています。

(以下インタビューより抜粋)

「あるお気に入りの僧侶が平山のイメージの元になりました」

「ある禅寺で修行を積むんですが、最初の一年間は、それかもっと長くだったか、ただの見習い扱いで、さまざまな雑事をこなさなくてはいけなかったそうです」

「トイレ掃除も任されていたと」

「質素なアパートに暮らして、音楽と数本の木以外に何も持っていない…(略)…まったく違う暮らしを選ばせるような何かが…」

なるほど、「禅」の考えにつじつまが合うなと思いました。

作中、平山が質素すぎる生活をしながらも時折見せる教養や品性、平山の妹が平山とは対照的に運転手付きの黒塗りの車に乗って登場するのに違和感を感じたのですが、「平山という男」の背景が、ヴィム・ヴェンダース監督のインタビューの中で語られています。

お風呂も付いていないオンボロアパートに住む割には、ただの貧しい人ではない。
彼の心の豊かさの秘密は、こういうことだったのかと気づかされました。
監督の口から言語化されたことで、私の中の”もやもや”はとても腑に落ちました。

腑に落ちてから、「朝、彼が玄関から出てきて、空を見上げて微笑むシーン」を思い起こすと、より温かい気持ちになれるのです。

ぜひ、作品を観た後、公式サイトからインタビューもご覧ください。

公式サイトでは、作中に出てくる作品も紹介されています。

また、カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞した、平山役の役所広司。
なぜこんなに自然なのか、とも思っていましたが、
ドキュメンタリーとして撮っており、リハーサルが途中からなくなったということですから驚きです。

前半で口に出した単語はほぼなく、このまま喋らずに終わるんではないかと思うくらい無口な役でしたが、これだけセリフ以外で表現できるということが本当に素晴らしいです。

ぜひ、映画館で観てほしい作品です。